怪談「ほんものの亡霊…その正体は!」

観相師ふかマンです。
皆さん、お久し振りです。

今日は5月5日。
こどもの日

それに肖りまして。
小生子供時代に体験した怖い話を3つほど、連載させて頂きます。

先ずは…これをご覧下さい。
『わたしは幽霊を見た』

…やあ、なつかしい!
などと、即反応下さった方。

ズバリ、あなたのお歳は40歳代以上なのではありませんか。(かくいう私もです(苦笑))

この本。
昭和50年代に結構出回ったもので、学校の図書室や市町村立図書館の児童コーナーに必ずと言っていいほど置いてありました。

「村松定孝」という
“泉鏡花”の由緒正しい研究者が編纂したものだけあり

子供向けの怖い本ながら、文章くだりがとても上品丁寧です。

そして。何かしらこう…、透き通ったような涼風が首筋をふうわり撫でていくような、品を損なわない怖話を味わえます。
(だからなのかな、学校や図書館に結構置いてあったのは)

さても、前置きが長うなりました。
いい加減に本題へ入りましょう。

さて、それでは…
背後に隠れる影法師などに気をつけてお読み進めて下さい。

この『わたしは幽霊をみた』という本。
挿し絵は始終、風情を心得た絵師が描いています。が

冒頭の天然色頁にだけは、それはとても恐ろしいものが描かれています。

その題名も恐ろしい。

『大嵩博士がみたほんものの亡霊』

分かる人は、この名前を聞いただけでも条件反射してしまうでしょう。

ああ、なんという“おぞましい”ものを思い起こさせてくれたのだろう!

きっと震えがし出してくる方もいるに違いない。
でも、どうか我慢して震える腕を押さえて
この記事を最後まで読み進めて欲しい。

きっと、深いため息と共に
あなたの思いも変わるでしょう。

もはや、悪戯な恐怖心など。

閑話休題。

話続けましょう。どうぞ気を確かにしてついてきて下さい。

この『ほんものの亡霊』
青森県むつ市にある、大湊の病院で目撃されたものなのだそうです。

私も霊を感じるものの端くれ。

その話と画を見れば、まことか嘘か本能的に分かります。

その話や画は、本当に亡霊を視たものが描いたものと言い切れます。

本当に恐ろしい。

実はこの本。
今も昔も持っているのですが。
(現有のは求め直しました)

小さいときなどは、恐ろしさのあまり
その頁だけを破いて捨ててしまったほどです。

そして

つい最近まで、思い出すに
ブルブル震えたりしてきました。

…でも、そのうち震える恐さも
数年前に終止を打ちました。

ある中継記事で
この『ほんものの亡霊』の正体を知ったからです。

詳しくは終わりの方に繋げ先を貼りますので、自己責任の上でお読み下さい。
(ほんものの亡霊の画も載っています。精神的外傷にご注意下さい)

取りあえずは画像を省いた記事を載せます。
『ほんものの亡霊』のお話を文章だけでもお知り下さい。

『ほんものの亡霊(文章のみ)』
「それは、わすれもしません。昭和27年8月20日午前3時半ごろのことです。その前日、友人のAくんと下北半島のむつ市へ遊びに行き、其の夜は仲間の居る海べの病院に1泊させてもらうことになりました。
夜がふけて、下図のとおりの部屋に案内され、ベッドにはいりましたが、夜中にふと眼をさますと、「大高先生、誰かが外にいるんです」というAくんの声です。
「どなたですか。なにか、ご用がおありですか」
わたしが声をかけると、足音が、はたと途絶えて、
「寒いんです………。とても、寒いんです……」
それはそれは、さびしげな声が聞こえてきました。
「それならどうぞ、中へおはいりになりませんか」
その途端、ドアがキーと開くと、いきなり、本当に氷の様に冷たいものがベッドの中にはいりこんできたのです。
「こらッ!」
わたしが夢中でさけんだとたんに、目の前にこの亡霊があらわれたのでした。」

出典少年少女講談社文庫「わたしは幽霊を見た」村松定孝著

如何でしたか。
文章だけだと、あまり恐くはないかも知れません。
本当の幽霊遭遇とは、得てしてこのようなものです。

…では、次に進みましょう。
胸を打ち涙が出るようなこのお話は必読です。
繋げ先の文章そのままに挙げています。

『ほんものの亡霊の正体』
「1972年に放送された「特ダネ登場」(仙台からの公開放送だったらしい)を見た明石市内に住むTさんと言う女性が、「これは私の夫の霊に間違いない」と申し出て、その後TVにも出演したそうです。

Tさんの話では、海軍の軍人だったご主人が第六青函丸に警備兵として乗り込んでいたところを米空軍の攻撃に遭って、 機銃掃射で喉元を打ち抜かれて戦死したのだそうです。

(亡霊の首にある穴は、弾痕だったのですね…。)

調べてみると「第六青函丸は1945(昭和20)年7月14日にアメリカ軍機の攻撃を受け、沈没を防ぐため婆子岬の岩礁に座礁。その後の攻撃で炎上し、35名が戦死した」と言う事実が確認できました。」

出典トラウマになった怪談 – 実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話 – Yahoo!ブログ

如何でしたでしょうか。

怖い話などをまとめた本は
その裏づけなどはなかなか取れたものではありません。
増してや、児童向けの本。
大抵はウソっぱちでっち上げだからこそ、安心して恐々読めるものの筈なのです。

嗚呼、それだのに
このような実話が録れたのです。

それも“御国に殉した英霊”だったのです。
下記の『第六青函丸』に乗っておられました。

そして、それを知った未亡人。

自分の良人がこのような扱いになっていることを知った、その婦人。
かくや如何ばかりの想いであったでしょう。

それを知った私は
『ほんものの亡霊』の画像に対して、もう恐怖はありません。

それよりも。
長年、いたずらに恐がっていた自分の卑しさに恥じ入ってしまいました。

この英霊の冥福を祈らんばかり
靖国神社でお祈りをさせて頂きました。

(“ほんものの亡霊”と称された英霊の絵が載っています。衝撃的なものには違いありません。自己責任でお願い致します。当方は一切の責任を持ちません)
【『ほんものの亡霊』の正体】

“ほんものの亡霊”と称された英霊も乗り込んでいた、第六青函丸も記載されている繋げ先。
青函連絡船空襲

アクセス

住所:東京都三鷹市上連雀3-9-9
電話番号:0422-24-6526

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